続・静岡県沼津市戸田(へだ)の記憶を品川へ運んだ男

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続・静岡県沼津市戸田(へだ)の記憶を品川へ運んだ男

静岡県沼津市戸田(へだ)の記憶を品川へ運んだ男 — 第四砲墪(だいよんほうとん:別称第四台場)と緒明造船所の知られざる絆

その繋がりが、静岡県沼津市のお隣の静岡県三島市にあった。


造船王が遺した「楽寿園」という至宝

現在、多くの観光客が訪れ、三島市民の憩いの場となっている市立公園**「楽寿園」**。明治44(1911)年、この地を小松宮彰仁親王より譲り受け、私邸としたのが、品川の第四砲墪を拠点に「造船王」と呼ばれた緒明菊三郎でした。

三島の街に刻まれた「緒明」の名

事業の拠点は品川の海にありながら、菊三郎は自身のルーツに近いこの三島の地を愛しました。 大正元年に菊三郎が没した後、その遺志を継いだ養子の二代目・圭造は、昭和27(1952)年に三島市が公有化するまでの約40年間、この広大な庭園と文化財を守り抜きました。

今も三島駅の目の前に拠点を置く「緒明合資会社」は、不動産事業などを通じて、三島の街づくりを支え続けています。

沼津・品川・三島を結ぶ一本の線

1854年、戸田でロシア人と共に「ヘダ号」を造った船大工たちの熱気が、品川の第四砲墪を近代的な造船所へと変え、その成功が三島の美しい景観を後世に遺す力となった。

「歴史地図アトラス」で地図を動かしてみると、これらバラバラだった記憶が「緒明菊三郎」という一人の男の足跡として鮮やかに繋がり始めます。


では、その足跡を**「歴史地図アトラス:お台場デモ版」から探してみましょう。**

参考文献・資料

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