【第2部】江戸の国防拠点:軍馬育成の「小金牧」

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Historical Atlas

年代:江戸時代(中期〜後期)

1. 幕府の軍事インフラ:小金中野牧

江戸時代、鎌ケ谷の広大な台地は、江戸幕府が直轄する軍馬育成の拠点「小金牧」の一部である「中野牧」として機能していました。ここは、幕府の軍事力を支える馬を確保するための、国家規模の広大な放牧場でした。

note:小金牧は「高田台牧」「上野牧」「中野牧」「下野牧」「印西牧」の5牧からなり、約15,000ヘクタール(東京ドーム約3,208個分)、幕末には約1,000頭の野馬がいたと言われます。

 出典)平成19年度鎌ケ谷市郷土資料館企画展「野馬のいた風景」配布資料より

 参考資料)wikipedis:小金牧で「小金牧の全体地図。現代地図上に松戸市が作成した小金牧区域図をマッピングしたもの。」がご覧になれます。

2. 農民の田畑を守る巨大な境界線:野馬除土手

放牧されている野馬が、周囲の農村へ侵入し作物を荒らすのを防ぐため、牧の境界には「野馬除土手(のまよけどて)」と呼ばれる大規模な土塁が築かれました。

  • 構造: 土手の高さは約3m、堀の深さは約2mに及び、総幅は14mから16mに達する二重構造の堅固な土木工作物でした。当時はのべ150kmに達したそうです。
    解りやすく例えると、東京から約150キロ圏内は、栃木県の那須塩原、静岡県の熱海・伊豆、山梨県の富士五湖エリア、群馬県の上毛三山(赤城・榛名・妙義)周辺
    その規模の大きさがお解りかと思います。
    出典)松戸市観光協会:野馬除土手 Wild-house prevention bank
  • 現況: かつて牧と村を峻別したこの巨大な土手は、現代の鎌ケ谷においても道路や宅地の境界線(スケルトン)として、街の形状にその痕跡を留めています。

3. 国指定史跡:捕込(とっこめ)

中野牧の核心部には、年に一度の3歳馬を捕獲する「野馬捕り」で追い込まれた馬を選別するための施設「捕込」が設けられました。

  • 役割: ここで捕らえられた馬の中から、幕府に献上される優秀な軍馬が選ばれ、残りの馬は民間に払い下げられました。
  • 史実: 鎌ケ谷市内の「捕込」は、当時の牧の景観と運用形態を今に伝える貴重な遺構として、国の史跡に指定されています。

 参考資料1)鎌ケ谷市立図書館:郷土の資料 ~下総小金中野牧・捕込・野馬土手について~
 *下総小金中野牧捕込の復元ジオラマがご覧頂けます。

 参考資料2)鎌ケ谷市役所より、「千葉県鎌ケ谷市 国史跡 下総小金中野牧跡 リーフレット」がダウンロード(PDF)可能です。

 参考資料3)鎌ケ谷市役所より、2026年は午年(うまどし)国史跡PRポスターのダウンロード(PDF)が可能です。

 参考資料4)文化庁の文化遺産オンライン:下総小金中野牧跡に情報掲載


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