【第2章】予算配分が語る「三か院四十八坊」の力学
第1章で確認した「2,812.355石」という富は、一箇所に留まるのではなく、山内の秩序を維持するために緻密に分配されていました。報告書の12ページ、「第二表 慈恩寺一山院坊別配当高」(※1)に記された数字から、その構造を読み解きます。
■ 山内を支える「三本柱」の配当
慈恩寺という都市の運営は、中心となる「三か院」が主導していました。それぞれの配当高には、その役割が色濃く反映されています。
『本山慈恩寺文書調査報告書』(※1)の12ページ、「第二表 慈恩寺一山院坊別配当高」に記された具体的な数値は以下の通りです。
- 最上院(一山の別当): 687.124石 山形県指定文化財「最上院」が担っていたのは、一山全体の統括です。最大の配当は、そのまま都市の「行政機能」の重みを示しています。
- 宝蔵院: 472.955石
- 華蔵院: 411.390石 宝蔵院・華蔵院は、それぞれがこの配当を持ち、その配下にある「坊」を束ねる経済的責任を負っていました。
この数字を、江戸の名刹である品川・東海寺の500石(※2)と比較すると、慈恩寺の内部にある宝蔵院や華蔵院といった個別の院だけでも、江戸の名刹一寺分に迫る規模を有していたことが分かります。
■ 都市の共用予算「蔵方(くらがた)」の存在
特筆すべきは、特定の院坊に属さない**「蔵方」**として、779石余という巨額の予算が確保されていた点です。
- 用途: 弥勒堂の修繕や、一山全体の公的行事の費用。
- 事実の杭: 個別の生活費だけでなく、都市全体の「インフラ維持費」がこれほど高い比重で確保されていた事実に、慈恩寺の公共性が現れています。


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